Twitterに疲れる前に
「疲れないtwitterのススメ」を読んで。
ありがちな「Twitter」「疲れ」というテーマなエントリだけど、あえて見出しを逆にして書いてみる。
挨拶Postをしてみる
朝起きて「おはよう」。学校や仕事から帰ってきて「ただいま」。寝るときに「おやすみ」。
Twitterでつぶやいたそんな一言に「おはよう」や「ただいま」「おやすみ」の返事が返ってくるとなんか癒されます。
いつも挨拶を返してくれる人はなんとなく目に焼き付きます。
全員に挨拶しなくても、親しい人とか、ちょっとしたタイミングで挨拶が目についた人にReply挨拶ってのでも十分。
相手がその挨拶をどう見てるかは分かりませんが、もしかしたらほっこりしてるかもしれません。
気になるあのアカウントの人と話してみたいけど、なんかきっかけが掴めない、そんな時でも挨拶なら!
最初は挨拶から始めて、次第に気になる発言にReplyを返していくうちにTwitterなじみに。
たかが挨拶とバカにすることなかれ、挨拶はいろんなシチュエーションできっかけになります。
Replyを見逃すな
自分の発言にReplyがついてた!
そんなReplyに喜んではしゃぎまわる必要はありませんが、せっかくつけてもらったReply、そこから話を膨らませていけるなら何か得られるかもしれません。
無理に返事を返さないといけないなんてことはありませんが、返事を返せばリターンパスの完成です。
何度かReplyのやりとりをしてるうちに互いのアカウントを覚えて、Twitterライフに潤いが出るかもしれません。
Twitterでは、Reply元の発言が分かるin reply toという機能があったりもするので、相手が発言に対してReplyを返してるのならどの発言に対してコメントしてくれたか分かるかもしれません。だから、ちょっとくらい時間がずれてる発言へのReplyも大丈夫。
Twitterの達人はReplyもせずに互いのつぶやき同士で見えないパスを繋ぎまくっていくそうですが、まずはReplyを繋いでみるところから行きましょう。
Followに期待
誰かをFollowするきっかけってなんだろう?
知人だから。よく見てるサイトの人だから。タイムラインで自分がフォローしてる人と交わしていたReplyが気になったから。アイコンが気になったから。フォローされたから。
いろんな理由でフォローするけど、一人追加する度に新しいつぶやきの流れが自分のタイムラインに加わっていく。
なるべく大勢のつぶやきから何かを見つけたければどんどんフォローすればいいし、密度の濃いタイムラインを味わいたければ好みの発言の人達だけにフォローを絞ればいい。
フォローするってことは、その人のつぶやきから何か見つけられるかな?と期待すること。
もちろん、期待したからって物事期待通りになる訳でもないし、大きすぎる期待は大きな失望へと変わりやすいのは皆さんご存知の通り。
ささやかに期待して、ふと何かを見つけるくらいがちょうどいい。
TLを追いかける
追いかけても追いかけても追いきれない、それがタイムライン。
数十人フォローの頃はちょっと合間を追いても十分追いつけたのに、数百人フォローしたら流れる大河のごとく。
中には千人をも超えるタイムラインを自在に駆け巡る人もいたりするけれど、たぶん彼らはタイムラインから外に出られない。
タイムラインの流れの中には、あなたが読みたいつぶやきも流れているけれども、それは川で釣りをして魚を釣るくらいの感覚。
なかなか釣れないから釣りをするのは無駄なことだ!、と言うのは簡単ですが、釣りの楽しさに目覚めると一生楽しめるそうで。
このタイムライン、新鮮な発言が多いことでも有名です。つぶやきたての発言がたくさん流れてるから。
後悔する
人は誰だって失敗します。
「ああっ、あんなことつぶやくんじゃなかった・・・」と思って消したつぶやきも、消すまでの間に大勢に見られているかもしれません。
ちょっとした売り言葉に買い言葉で、大勢が見てる中で取っ組み合いをしてしまうこともあるかもしれません。
そうやって失敗したことを後悔することもあるでしょう。
でも、後悔するってことは、次は失敗しないようにしよう!と自分の行いを振り返ること。
後悔した後は、すっぱり割り切って次に進みましょう。
もちろん、後悔したことを自分の糧とした上で。
疲れるとか疲れないとか
Twitterに限った話じゃないけど、疲れてしまうってのは何かをやりすぎたり、過度に期待しすぎて幻滅してしまったりという気負い過ぎな部分から来ます。一方、疲れないってのは、気楽にやってるとか、ごく普通に自然体で振る舞ってるとかいう状態で実現します。
Twitterにせよ、mixiやブログなんかにせよ、何かしらのリターンを過度に期待しすぎると疲れてしまいがち。ネット上では、「これ、面白いよ!」「すげー!!」と言う様にのめり込んでる人が大勢いるので、何か自分にも素晴らしいものが得られる所なんじゃないかと過度に期待を抱いてやってくる人も多いですが、のめり込んでる人ってのは自然と自らで面白さを追求している人達。
例えば、Twitterを見てみると、24時間何時寝てるんだ?ってくらいタイムラインに常駐してる人、いつなんどきでもどこからでも電波が届いてネットと繋がる限りつぶやき続ける人、ひたすら自論を長文でつぶやき続ける人、何もそこまで公開しなくてもと見てる方がドキドキしちゃうくらい日常を公開してしまう人、挨拶botだと思ったら人だった!ってくらい挨拶をし続ける人、などなど、おおよそ常人には理解しがたい使い方をしてる人達が結構普通に存在しています。
ここで間違えてはいけないのは、「彼らと同じ様に使わないとTwitterは楽しめない」のではなく、「彼らはああいう使い方が自然体なんだ」ってこと。つまり、自分が疲れずにTwitterというネットサービスを使って行くには、疲れないくらいの自然な付き合い方を自分で探りつつ見つけて行くことに他なりません。いろんな人がいろんな使い方を指南してくれてるけど、どれが正解とかはなくて、どれが自分に合うかってのを好きに取捨選択していけばOK。
Twitterは過去ログが非常に辿りにくい(全く辿れない訳ではない)せいもあって、他のサービスでありがちな密なコミュニケーションによる馴れ合いや同調圧力などが比較的少なく、その緩い雰囲気がとっつきやすさに結びついています。自分が疲れない程度に、のめり込みすぎず、期待しすぎずにほどよく楽しむと心地よいサービスです。