アフィリエイト絡みなレビューは全て信用ならないのか?


低ITリテラシー者の口コミこそ信用できる、という最近の印象 :Heartlogic
を読んでの感想。

一方で最近、ある程度のネットリテラシーがある人の「口コミ」はなんか信用できない気がしてしまう。一定以上まで突き抜けた人のはまたアリなんだけど。ネットリテラシーの低い人たちがワイワイ話している中の口コミだけが、真に信用に値するもののように感じられる。アフィリエイトを使わずに本を絶賛してあると「これはホントに信じられそうだ」とか思っちゃう。口コミマーケティング疑心暗鬼病です。

「ネットリテラシーの低い人たちがワイワイ話している中の口コミ」ではなくて、「アフィリエイトを利用しようなんて考え付きもしないITスキルの低い人たちがワイワイ話している中の口コミ」と言いたかったのではないだろうか?

アフィリエイトによるレビューは全て提灯記事に違いない、絶対に売ろうとするために思ってもいないことを書いているに違いない、と思い込むことで、逆にアフィリエイトを利用するなんて考え付きもしないITスキルの低い人たちの口コミを信用したくなってしまう症候群。

どこの誰とも知れない人が書いた「口コミ情報」というのは、ネガティブなものにせよポジティブなものにせよ「それを書くことが、何の損にも得にもならない。でも書いている」という事実があり、それが一種のボランティア精神のようなものを感じさせる。「だから中立的な、聞くに値する意見だ」という解釈によって、信頼性が担保されるのだと思う。

「それを書くことが、何の損にも得にもならない。でも書いている」

でも、それはボランティア精神によるものだけではないんじゃないかと思う。

人がなぜ自分のブログなどで「口コミ情報」を書くのかといえば、それは書かずにはいられないからなんじゃないかと。良い感想、悪い感想ひっくるめて、とにかく書きたい、誰かに聞いて見て欲しいから書く。私はそういう欲求でレビューを書くし、アフィリエイトは利益のためだけではなく商品画像を使えるから、などの理由でも使っていたりする。

ところがアフィリエイトやらポイントやらが絡むと、中立性は失われてしまう。だから代わりの何かが信頼性を担保しなければならない。レビュアーの評価システムみたいなのがついたり(その評価の中立性は何で担保されるんだ、っていう話が出るわけだが)、またはブロガーの個人情報開示ぶりとか、それまでの実績がモノを言うようになるんだろうが、一般的にはむしろ「サイトの見た目がなんかキレイで、普通のお店っぽい」てな要素の方が大きいんじゃね? という気もしないでもない。

確かにアフィリエイトなどが絡むと中立性は失われる。それは間違いない。

「一般的にはむしろ「サイトの見た目がなんかキレイで、普通のお店っぽい」てな要素の方が大きいんじゃね? という気もしないでもない。」というのは、アフィリエイトで商品を売ってやろうと記事やレビューを書く人がいかにもやりそうなことなんじゃないだろうか? 普通のお店っぽいなんて特に。そういうサイトに見た目だけで信用をおいてしまったら、まんまとアフィリエイトで一儲けしようとたくらんでいる人の罠にはまっているんじゃないだろうか。


私がレビューなどを見たときに、それは売ろうとするのが第一で書いている記事なのか、それとも書きたくて書いている記事なのかを何で見分けているのかと言うと、文章中から対象に対する熱意、愛情を感じられるかどうか、ってところ。要は自分の心を揺り動かしてくれるかどうかってところで判断してます。自分の読む感覚を信じるしかないと思ってる。

そりゃ、ものすごい書き手だと売ろうとしているレビューなのにも関わらず、いかにも熱意、愛情が溢れているようなレビューを書くことができる人もいるんでしょうが、そこまでの技を見せてくれるんだったらむしろ騙されてもいいかなと思えるくらいに熱意、愛情を感じさせる文章を書くというのは難しいことだと思っています。


見た目に惑わされず、相手の意図しているところを正しく読み取る、また自分の考えていることを正しく伝える、というのがネットリテラシーで、それは日々そういう訓練を積むことで習得できるスキルであり、見た目の印象やアフィリエイトの有無で判断するというある種の思考停止で身に付くものじゃないと思う。