揉めたときは広い視野で考えよう


鼻が赤くなりにくいティッシュです - 自分が正しいと思うことの是非」を読んで。

私は常々『自分自身が正しい』と思うことは悪いことじゃないと思っています。

しかし、『自分が正しいから、(自分が)悪だと思ったものに対しては何をしてもいい」という考えには賛成できません。

ウェブを見てると、この手のネガティブなやり取り(「自分が正しいから、悪だと思ったものに対しては何をしてもいい」の応酬)はいつまで経っても無くなりませんね。いや、ウェブだけじゃなくて現実でもそんなものか。私もこの手の自分の主張のためなら相手に何をしてもいいという考えを見る度にうんざりしています。


お互い、自分の主張をちょっと引いて見て考え直してみるなり、相手の主張に耳を傾けてみるなり、ちょっとした心がけで問題にはならないようなイザコザも、どちらかがた頑なに自分の正しさを譲らなく、自分を絶対的な正義だと信じて相手を悪と切り捨てる人だと収まりません。


例えば、ネット上のルールで揉めたとき


無断リンクトラックバックソーシャルブックマークの使い方などなど、ネット上で話題になっているいろんな問題は、大勢の人が使うネット上なのだからどうやったらみんなが快適に納得する形で有効活用できるのか、いくらでも議論すればいいし、そうやってルールを決めていくべきだと思う。

でも、主張がぶつかり合って揉めている最前線ではお互いの感情ばかりが声高に叫ばれ、本来考えるべきどういう形が一番最適なのか、全体が納得できる形がないのならどう住み分けていくべきなのかという肝心な部分はおざなりにされ、みんな自分の正義、感情を満たすことだけに夢中になっている。自分の主張を訴えるけど、相手の言い分は聞きたくない、それは議論じゃなくて単なる罵り合い。


何が起こっているのかをしっかり見定めよう


自分一人だけじゃなくて大勢の人が存在している場では、それぞれの人の数だけいろんな立場、考え、主張があります。どこかで主張のぶつかり合いがあったら、なぜ相手はそう考えているのか、どうしてそういうぶつかり合いが起こったのか、いままで同じような問題は起きてなかったか? そしてソレはどう解決、対処されてきたのか、自分はそれに対してどう思うのか、いろいろ考えうるべきことはあります。

また、いたずらに自分の主張を述べるだけではなく、いろんな人々の声を聞いてみるのも重要。トラックバックによるブログ同士の繋がりや、ソーシャルブックマークによる識者の情報収集、状況をまとめてくれる人、ちょっと視野を広げてみれば話題になるような問題の場合にはさまざまな情報を得ることができることに気づくでしょう。


状況を把握した上で自分の考えをまとめる


広い視野で状況を見たら、それを元に自分はどう考えるのかをまとめましょう。誰かがこう言ったから、みんな盛り上がってたから、などと自分の主張のよりどころを他人に委ねるのは危険です。ネットで議論する際によく見かける「みんなもそう言っている」、みんなって誰? 自分に都合のいい人の意見しか聞いていなくありませんか?

そんな他人をよりどころとした意見じゃなくて、どうしてあなたがそれを正しいと信じるに至ったかの根拠を聞きたいんです。せっかく会話というコミュニケーション手段を持っているのですから、自分が正しいと考える理由をもって議論したいものです。