やめると言った人が戻ってこられる場所にするために
「はてなに絶望しました。もうブログやめます。 - Paper Storm!!!」を読んで。
はてなブックマークコメントで見かける誹謗中傷や煽りなどが見るに耐えず、はてなに絶望してブログをやめるという話。
はてなブックマークにおけるコメントとは
はてなブックマークでは、ブックマークする際に100文字までのコメントをつけることができる。自分がブックマークする際に、気になった部分、要点などを抽出しておいたり、簡単な感想や要約を書いたり、ミスや間違いを指摘したり、類似情報や参照するといい情報を書いたりとさまざまな用途で用いられている。
これらの中で多いのが、記事要約、その記事を見てどう感じたかという感想を書いたコメントのふたつだが、後者の方はブログのコメント欄などとは違い、自分のブックマークに付加するという形でコメントを残せるため、ブログのコメント欄などと比べると、ブックマーカーの考えている本音に近いコメントが書き込まれることが多い。
そんなコメントの中には、記事に対して誹謗中傷としか読めない内容だったり、喧嘩を売るが如く煽っていたりと、酷い内容のコメントもあったりする。全体から見ると、それほどこれらの酷いコメントは多くはないものの、そういう強い主張は他のコメントに比べてずっと目立つのと、そういう酷いコメントがつけられる記事の場合、酷いコメントが集まりやすい(他者の反感を買うような記事内容であることが多い)というのがあって、人によってははてなブックマークがそういうコメントで溢れている、と表現する人もいたりする。
はてなと2ちゃんねる
酷い書き込みが多い場所として取り上げられることの多い匿名掲示板の2ちゃんねると似ているとか、それより酷いと言う人もいるが、はてなと2ちゃんねるは似ている部分もあればそうでない部分もある。
誹謗中傷や煽り、荒らしなどの酷いコメントや書き込みが見られるという点でははてなと2ちゃんねるは似ており、更にそれらが全体的にどこででも見られるものではなく、場所によって酷い書き込みの頻度が違うという点でも共通している。
2ちゃんねるを幅広く見ている人なら知っていると思うが、さまざまなジャンルについての掲示板(○○板と呼ばれる)がある中で、酷い書き込みの量は板によって明らかに違う。若い人が多かったり、論争を招きそうなジャンルだったりすると、酷い書き込みは増え、年齢層が高かったり、あまり争いの種になりそうなネタが出ないようなジャンルの板はほとんど荒れていない。
これと同様、はてなにおけるはてなブックマークでの荒れ具合も、ひたすら酷いコメントがつきがちなサイトもあれば、そういうコメントがほとんどつかないサイトもある。
はてなや2ちゃんねるには、酷いコメントや書き込みしか無いと言い張る人は、自ら望んでそれらの酷いコメントや書き込みを見に行ってるか、それしか目に入っていないのではないだろうか。
自らも悪意にまみれていないか
また、酷い書き込みやコメントというのは、他の酷い書き込みやコメントを引き寄せやすい。自分の記事にそういう酷い書き込みやコメントが多数つくのなら、なぜそういう酷い書き込みが多数現れるのか? 自分が書いたことが多くの反論やつっこみをもらうような内容では無いか?ということを考えてみる必要がある。説明するまでもないが、反論・批判と誹謗中傷・煽り・荒らしは違う。
2ちゃんねるの場合は書き込みにIDがついてはいるが、少し技術的に詳しければ簡単にさも多数の人が書き込んでいるかのように偽装することはできる。だから、本当にたくさんから攻撃されてるのか、単に一人やごく少数な人達に粘着されているだけなのかはよく見極める必要がある。
はてなブックマークの場合は基本的にブックマーカーは特定でき、一人一コメントなので、その判断はしやすい。多数の酷いコメントがつく場合には、自分が書いた記事の内容が酷かった、どうあっても荒れてしまう内容のテーマに手を出している、すでに自分に反感感情を持った人が多く存在している(これはもちろん過去の行動の積み重ね)などがある。
他人の考えをどう受け止めるか
2ちゃんねるのような匿名での掲示板や、自らのブックマークに付加する形でコメントを残せるはてなブックマークコメントのような場では、面と向かっては直接言えないような感想、意見、場合によっては誹謗中傷や煽りという形になったものまで、が書き込まれやすい。
どちらでの書き込みでも、それを書き込んで公開した以上、誰かがそれを読むってことは知っているはずなのだが、匿名だったり、自分のブックマークだったりという形が誰かに読まれるという意識を忘れさせたり、直接面と向かって反論を受けることがないので何を言ってもいいんだという間違った形で感情をエスカレートさせたり、匿名性を盾に攻撃性を増したりという行動に結びついていしまう人がそれなりに存在している。
単なる自己満足のために人を誹謗中傷したり煽ったりしているような書き込みやコメントは無視すればいい。そういう書き込みは元記事の人がそう言われてヒートアップするのを楽しんでるに過ぎないのだから。
一見、誹謗中傷や煽りに見えても、イラッとくるのをグッと抑えて、相手が何を言いたいのか丁寧に聞き出してみると、案外まともに返事が返ってくることもあったりする。これは、そういう書き込みをした側が「まさか本人から反論は来ないだろう」というようにあまり深く考えていなかったり、そのコメントをもらった元記事を書いた人がどう思うかまで考えが及んでいない場合。
酷い内容だと思えるコメントにも、丁寧に相手をすることで相手がうまく伝えられなかった真意が聞ける場合もある。
でも、これはコメントが書かれた側に多大なストレスと手間が掛かる。相手に見える書き込みやコメントをする場合には、その発言が単なる自己満足のためだけの書き込みになっていないか、よく考えてから公開しないと、あなたの存在は相手にとって単なるゴミやノイズ源にしかならない。
場の特性と個々の酷い行為を混ぜこぜにしない
はてなブックマーク(コメント)や2ちゃんねるという場は、人々の本音に近い部分が現れやすい場だったりするのは、上述したとおりで、そういう場所での書き込みでは、誹謗中傷や煽り、荒らしなどの酷い内容が場所によっては多く見られる。
ただ、勘違いしてはいけないのは、酷い書き込みがあるから、そういう場所は酷い場所なんだ!と決めつけてしまうのは短絡的だということ。場の特性的に本音に近い部分が現れるからこそ、酷い書き込みが目についてしまう。本音に近い部分を書き込めるような場所というのはなかなか存在せず、だからこそ普段はなかなか言えないような強い主張を書き込んでしまう人が居て、強い主張だけに目立ってしまう。
本音に近い主張というのは何も酷い内容ばかりではないはず。真剣に何かを語り合ってる場合だってあるし、普段、身近ではなかなか語り合えない様な内容を議論しているような場所もある。
はてなブックマークで酷い内容のコメントやタグを使う人がいるのはその通りだが、それをもってはてなブックマーク全体が酷いとみなしてしまうというのは、感情的になるあまり酷い内容のコメント以外が見えなくなっている状態。酷いのは、あくまでそういうコメントやタグを残している一部のブックマーカー達でしかない。
反応をコントロールするか、自分の主張を続けるか
はてなブックマークコメント中での誹謗中傷・煽り・荒らしなどの酷い内容について、運営側であるはてながこれを厳しく管理すべきだ、と言う声を上げる人は昔から存在している。
もちろん、度を過ぎた酷い内容はきちんと管理した方がいいが、運営側で発言内容を管理するということはある主張を押さえ込むという検閲にも結びつくことには注意しなければならない。本当に誹謗中傷や煽りのようなコメントを削除して欲しいのか、それとも批判、反論まで押さえつけたいのか、というのは全然違う。
そして、こういう誹謗中傷・煽り・荒らしなどの酷い内容を書き込む人達は、単なる削除やアカウント停止くらいではめげないという面もある。ある言葉が削除ワードとして認定されて削除されるようになっても、似た様な言葉を作りだして誹謗中傷行為を続けて行ったり、アカウントを停止されても次々へと捨てアカウントを作ってまた新たに参加してきたりする。
だから、削除やアカウント停止をすべきではない、と言いたいのではない。削除やアカウント停止を行うにしても、それが単なるイタチごっこにしかならないのであれば意味はないだろうってこと。
ネットの向こう側で反応しているのは人で、Webという場はそれぞれの主張を表示しているにすぎない。たまたま可視化されている内容に対しては「削除しろ!管理しろ!」と言うことができるが、もちろん直接は見えない反応(でもどこかの誰かには見えている)やネットの向こう側の人の心の中の主張まではコントロールできない。
全てがコントロールできないとき、せめて見えている内容だけでもコントロールしたいと考えるか、どうせコントロールできないのだからなすがままにまかせるか、というのは、それぞれの人ごとに考え方は違うだろう。
でも、どうせ反応の全てはコントロールできないのなら、一部だけをコントロールしたところでたかが知れているし、もし自分が認めない反応があるのだったら、それを消すことに夢中になるよりは、自らの考えるところをもっと主張する方にエネルギーを費やすことや、本当に自分が正しいのか考えてみることにエネルギーを回す方がより良い結果をもたらすのではないだろうか。
感受性が高い人の居場所を作るために
はてなや2ちゃんねるだけではなく、ネットという場全体において、現実の自分を離れ匿名性という殻に包まれているという意識からか、人を傷つけてしまうような言葉が多く書き込まれており、更に書き込まれた発言は基本的にその場に残り、後からでも何度も見ることができるという特性から、現実に攻撃的な言葉を投げつけるよりずっと高い効果を示すことが多い。
現実で罵声を投げかけるよりずっと簡単に多くの人に嫌がらせができる、ということが楽しみになってしまっているような人も多く存在している。
ネットに書き込まれたことに影響を受けやすい人は、そういう攻撃にさらされたとき、いたたまれずにネットから姿を消してしまう。今回取り上げた記事を書いた人も、自分に投げられた攻撃的な言葉ではなく、場に残されたそういう言葉に反応して、もう耐えられないのでブログをやめるという記事を書いている。
長らくネットを見ているような人は、ネットというのはそういう攻撃に満ちた場だということを経験として知っていて、それをうまくスルーする術を身につけているが、それは誰にでも望めるものでもない。でも、ネットという場はそういう強い人達だけの物ではないはず。
誰かが投げかけた罵声に反応し、「酷いこと言うな!」と書き込むと、更に罵声がヒートアップして収集がつかなくなったりする。悪意に対しての正解は指摘や粛正ではなく、スルー。でも、全員にスルーしろと言っても難しい話だし、ある個人が自己満足のために発している他の人にとっての不快な発言がずっと残り続けるのも場にとってよくない。そういうのに対抗するために、書き込みに対するマイナスの評価ってのも今後は必要なのかもしれない。
たとえば、はてなブックマークなら、不快なコメントを見つけたらそれをチェックすると自らに見えるページにそのコメントが非表示になる。大勢に非表示選択されているようなコメントはデフォルトで見えないや見えづらい状態にする。そういうマイナス評価情報を元に、ある特定の相手のコメントを多数マイナス評価しているようなら、そもそもその人のコメントやブックマークを見えないようにする。・・・というようなしくみ。
はてなブックマークコメントだと、その場で反論できないのがイヤだって人もそれなりにいるので、元記事作者と認識しうる場合にのみ、コメントに反論を返せるようなしくみもいいかもしれない。コレは間違った主張をずっと残されることに対する対抗策。
もちろん、これらのしくみにもいろいろ問題点はある。処理が複雑になればなるほど重くなるし、こうしたマイナス評価を逆手にとって、多アカウントを取って嫌らがせをしだす人も現れるだろう。また、誹謗中傷・煽り・荒らしなどをマイナス評価してそれらのコメントが見えなくなるのはいいことだが、人によっては単なる反論や批判などにもマイナス評価をする人も現れてきて、話がややこしくなるかもしれない。
でも、人を攻撃する方にとって有利な状況で、それを自らの都合のいいように使う人々がいなくならない限り、こうした防衛策にも目を向ける必要はある。
ネットを過ごしやすい場にするために
ネットにおける悪意に満ちた行動からどう過ごしやすい場を作るかについて、いろいろと考えてみましたが、これらの問題の解決のためには、運営側だけでなく参加しているユーザー側の意識も重要になります。はてなブックマークコメントの件であれば、「運営側であるはてなが書き込まれる全ての内容を管理すべきだ」などと言っても、マンパワー、コスト、効果的に現実的ではなく、運営側に一方的に責任を押し付けているだけにすぎません。
はてな側には、誹謗中傷・煽り・荒らしを排除できるようなシステムを考えてもらうと同時に、ユーザー側もそういう行為はしない、何かいい方法はないか考える、そういうシステムができたときには協力する、という歩み寄りが必要。運営とユーザー、両方あって初めて一つのコミュニティ足りうるのだから。