自分のいいと思うものに対価を払いたい

世の中、いろんな人々が作ったいろんなコンテンツ、音楽、ゲーム、小説、映画、漫画、他にもいろいろありますが、そういうものがいっぱいあります。


それらを何らかの手段で入手して楽しむわけですが、自分が気に入ったコンテンツを見つけて十分楽しませてもらったら、それに対して楽しませてもらった対価を払いたいと思うわけです。

一番分かりやすいのはやっぱお金ですが、ブログで「これはイイ!」と報告したり、知人に「これはいいよ!」と勧めたりするのも対価の形のひとつ。

そうやって楽しませてもらったコンテンツを作り出してくれた人に対価を払うことで、また次に自分を楽しませてくれるものを作ってくれるかもしれない、ある意味、投資に近い形なのかもしれません。



ネットを通じればただで入手できるから、わざわざお金を払うこと無いじゃんって人は、誰かがそのコンテンツを生み出してくれたから今楽しめてるんだってことを忘れてる。


途中で掠め取られていく対価


でも、今の世の中の仕組みでは、支払ったはずの対価が届いて欲しい人の所に届いていないことがあまりに多すぎます。もちろん、コンテンツを我々が入手して楽しむ、という過程において、コンテンツを形にしたり(音楽ならCDにしたり配信できるデータにしたり、小説や漫画なら本にしたり)、それを手元に届けたり、という部分でコストや人手がかかるのは当然で、支払った対価の一部がそういう部分に回されるのはいいのですが、肝心のコンテンツを作り出した人たちに渡る分があまりに少なすぎる。


コンテンツを生み出した人が本来一番報われてしかるべきなのに、それを動かしてる人たちの方が儲けてるなんて構図は馬鹿げてる。



そう思ってるから、直接購入したコンテンツの製作元に自分の支払った対価が行く音楽配信はもっと広まって欲しいと思ってるし、著作権を守るためだと言いながらも、いったいどこにそのお金が回されているのかが全然分からないJASRACのようなやり方は非常に憤りを覚える。


ネットは対価を支払いやすくしてくれる


いままではコンテンツというのは商品という非常に分かりやすい形として存在していたけれども、ネットの普及により個人でさまざまなコンテンツを簡単に公開できる仕組みができた今だとそういうものにも対価を払いたいと思うわけで、投げ銭みたいな形で個人から個人へと対価を払えるシステムは非常にありがたい。

はてな投げ銭に関しては、送る際に5%の手数料がかかって、コレに対して「5%も手数料とるのかよ!」という人々がいてびっくりした覚えがある。

5%手数料が取られるだけで、95%は送りたい相手に渡るんですよ? 他の対価を支払う仕組みと比べてなんと効率のいいことか。この仕組みを作って利用できるようにしてくれているはてなの取り分として5%の手数料ってのは全然高くない。


コンテンツへの導きに対する対価


ネットを通じていろんなコンテンツを知って、それを購入することが最近はぐっと増えましたが、そういう場合はコンテンツ自身の作者へ対価を支払う以外にも、そのコンテンツと自分を引き合わせてくれた紹介者にも対価を払いたいと思ったりします。

だから、どこかのブログのレビューを見てそれがきっかけで何かを購入するときは、そこにアフィリエイトのリンクがあればそれを踏んで買うし、ニコニコ動画を見て面白いとかいいなぁと思ったものを購入するときは、ニコニコ市場でのアフィリンクから買ったりもする。これは、紹介してもらった、その商品とめぐり合わせてくれたことに対する対価。



いいコンテンツを作ってくれた人にちゃんと対価を払えば、またいいコンテンツを作ってくれるかもしれないのと同様に、いいコンテンツに巡り合わせてくれた人に対価を払えば、またいいコンテンツと巡りあわせてくれる機会を提供してもらえるかもしれません。



自分がいいと思うものがもっとたくさん増えることを期待して、いいと思うものに対価を払うって行動をこれからもしていきたい。