人は人、神にはなれない


VIPブログ以外にも糾弾すべき対象はあるんじゃないの?」を読んで。

VIPブログうんぬんという過去の流れは追ってないけれど、この記事を読んで感じた違和感について書いてみる。

俺がオンラインの空間に夢見た「誰もが情報を発信できる世界」ってのは結局オフラインで馴れ合うことをしなければほとんどの人が受信しない、酷くつまらない場所だったのかしら。
ニュースサイトに取り上げられないサイト/ブログは少ない人しか受信しないという現状がおかしいって何故気づかないんだろう。

「誰もが情報を発信できる世界」は実現してると思うけど。この記事だってこうして発信して読まれているわけだし。

でも、「誰もが情報を発信できる」ことと、「発信された情報が多くの人に読まれること」の間にはいろんな隔たりがある。



ニュースサイトというのは、そのニュースサイト管理人が興味を持ったサイトを紹介する場所。読者は興味深い記事を紹介してくれるからこそ、そのニュースサイトを読むようになる。ニュースサイトがたくさん増えれば、互いに情報源として参照しあうこともあるだろうし、ニュースサイト管理人だって人だから他のニュースサイト管理人と親しくなることだってある。


ニュースサイトが、「ネット上に存在する全ての記事をその内容の優劣に基づいて、どこの誰から見ても公平な視点で紹介してくれるはずだ!」と思っているのなら、それはニュースサイトに期待しすぎ。ニュースサイト管理人だって人の子、自らの興味、利益に基づいて行動するのは至って普通なこと。

もし「ネット上に存在する全ての記事をその内容の優劣に基づいて、どこの誰から見ても公平な視点で紹介してくれる」ニュースサイトが欲しいのなら自らがそれを作ればいいと思うが、そのためには神の視点が必要。個人が紹介するものはどうしたって主観が入り込んでしまう。仮にそういうニュースサイトのようなものができるとしたら、多くの人の視点必要で、それはソーシャルブックマークがよりその理想に近い場所なのだと思う。



自分の知っている、考えている主張がニュースサイトに取り上げられないために読まれない、そんなの一方的だ!、と思っているのなら、それは既存のニュースサイトに依存しすぎ。ネットは「誰もが情報を発信できる」自由はあるが、それが多くの人に読まれる保証は何も無い。多くの人に読んでもらいたいニュースや主張があるなら、自分で情報発信し、広報していくしかない。


取り上げられていないサイトを探すことは可能だ、って言うけど良記事を量産するところも紹介されなかったら人がほとんど来ない現状を分かってるのか?

ならその良記事を紹介するニュースサイトを作るなり、ソーシャルブックマークで拾い上げるなりすればいいんじゃないのかな?

ニュースサイトを否定しつつ、ニュースサイトに依存することしかできないんだったら、いつまで経っても現状は変わらない。違和感を感じているのなら、自ら行動する自由はあるし、こうやって増田で反論記事を書いているようにそれは可能。それがどれだけ注目されるかは、それを読んだ人々が判断する。


ネットは誰でも自由に情報を発信できる場だけど、参加したては誰でもレベル1。(現実の影響力を持ちこみつつネットで活動する場合(実名での活動)もあるが、ここでそれはおいておく)たくさんのことを書いたり、いろんな人とやりとりしたりして経験を高めつつ、自分が書いたものがウェブ上に残っていき、それが人に読まれることによってレベルが上がっていく。ネットへの影響力はレベルと共に上がっていく。



良記事が多くの人に読まれるかどうかは良記事の問題であって、ニュースサイトが悪いから読まれないわけじゃない。これだけ多くの人が情報発信するようになって、ニュースサイトをやってみたいと言う人も増えており、そうした末端のニュースサイトから上流へとニュースが吸い上げられて紹介されることだって少なくない。

でも、大手ニュースサイト管理人がどんなにすごくたって、一日で読んで紹介できる量には限界があり、それを超えての紹介はできない。大手ニュースサイトが紹介したニュースより良いニュースがあるのに、なんで紹介しないんだ!なんてのは、ニュースサイトに対する期待が大きすぎる。



そういう思いが強いなら、是非ニュースサイトなりブログなりをやってみるといい。もしかしたらもうやっているのかもしれないけど。多くの人に読まれるのが大変なことに気づくかもしれないけど、それを乗り越えたからこそ彼らは大手ニュースサイト足り得てる訳で。