PC+ネットという魔法の杖を広める伝道師になりたい


今更になって感じた「未知」がある幸せ - 試作型思索と詩作」を読んで。


パソコンという道具を得て、様々な知的生産活動(文章を書いたり、絵を描いたり、音楽を作ったり、動画を編集したりなどなど)が可能となり、さらにネットという世界中と情報をやりとりできるしくみがそれに加わったとき、それが存在していなかったときには考えられもしなかった魔法の杖を手にしたような感覚を感じる。



何かについて調べだすと、まだまだネット上に存在していない情報もたくさんあったりもするのだが、たいていの情報はネット上にアップされていたりする。大勢の人が持つ知識や経験、思考や感情などがネット上に無数にアップされていて、PCという覗き窓からそれらにアクセスすることができる。

ただ、PC+ネットを使って調べ物をするには、探している情報を見つける手段(検索エンジンの使い方、検索キーワードの選び方、関連要素から求める情報を探すやり方、質問サイトや掲示板を利用する方法など)をそれなりに習得していないと、求める情報にたどり着けないこともよくある。

誰しもが簡単にすばやく求める情報にたどり着けるほどには、ネットは進化してはいない。



こうして、PC+ネットを使って、世の中のさまざまな情報について調べることができるようになるというのは、人によっていろんな感じ方があるんじゃないだろうか?



なんでもすぐに調べられることから、さも自分が全ての知識を得たかのような万能感を感じてしまう人。

あらゆることに対する答えがネット上で見つかることから、自分の知識、存在をものすごいちっぽけなものに感じてしまう人。

世の中のありとあらゆる情報へアクセスする手段を知って、その素晴らしさに胸躍らせる人。

何を調べても、自分より詳しい人が存在していることに気づかされて、凹んでしまう人。

何にでも答えが用意されているような気がして、自分で考えることをやめてしまう人。

ネット上にある情報だけでは飽き足らず、足りていない情報をどんどん自分でアップしようとする人。



いろんな人が、多くの情報が集まったネットに接続しながら、いろんな想いを巡らせている。



私がPC+ネットという魔法の杖を手にしたときに感じたのは、「ほんの少し前には存在しなかったこの道具を手にして自分が知りたいことをどんどん知ることができるという喜び」「情報だけじゃなく他人とのコミュニケーションにも生かして自分の世界を広げることができる楽しさ」「現実では持て余し気味だった何かをしたい!という気持ちを思う存分発散できる遊び場を得た!」ということだった。


今、思う存分、PC+ネットという魔法の杖を使いながら、この魔法の杖をもっと多くの人達に広めてあげたいな、ということを強く思う。

まだ魔法の杖を手にしていないけれど、それで世界を広げられる人ってのはまだまだ世の中にたくさんいるだろうから。